柴田淳待望の新作「花吹雪」。今回は卒業と旅立ちが一つテーマになっている。季節を先取りする意味ではもうひと月ふた月早くリリースしたかったがこだわりのあげく押してしまったのかな? など取り留めのないことを思いつつ発売日を待った。舞い散る花びらの間を行くイメージが清々しく淋しくもある。出会いと別れが彩る春に人生の節目を迎える人たちへ柴田淳が贈る。応援歌と呼ぶにはやるせなく、柴田淳ならではの穿った優しさが窺える。「前を向き 希望満ちた笑顔 それが少しだけ淋しかった」そんな歌詞にハッとする。旅立ちをテーマに選びながら、ただポジティブなメッセージを投げるのではない。自分の元を巣立つ君を曇りのない気持で祝福してやれない自分がいる。そんな弱さを掬い上げることを厭わない彼女らしさ。これはやはりしばじゅん的恋愛歌でもあるのだ。柴田淳が「僕」という男性視点で描く恋愛の歌は、女性の視点で描くときより多くの場合プラトニックで、恋愛に向かう男性視点の中に彼女がロマンチックな理想を抱いているのを感じる。例えば前作「幻」や「おかえりなさい。」「隣の部屋」「片想い」という女性視点の恋愛歌にはリアルな重たさがある。(現実味よりも幻想性を浮かび上がらせた「月光浴」はやや特異な例だろう。)けれど「美しい人」「忘れもの」「ぼくの味方」など男性視点の恋愛歌はずっと理想主義的な物悲しさが漂う。不在の女性を思い続ける「変身」や「雪の音」「あの夏」なんかもそうだろう。そして「花吹雪」も同じ系譜に属する。「恋」を意識せずこの歌を聴く人もいるだろう。けれど「僕」が抱く君への思いには友達以上の感情がある。自ら言い含めるように「君は僕の友達だから」と。そこには悔恨と本当の気持をごまかそうとする苦しい強がりが滲む。穿った見方をするなら、柴田淳という女性に向けられてきた思いが、こうした視点を彼女に生ませるのかもしれない。